温泉と観光の principle を追及する純民間の調査研究・コンサルティング会社です

 

 
 

 

 

 

2007年9月25日

 

最近、科学的な根拠やデータによる裏づけもないのに、さも科学的に効果があるように見せかけた「ニセ科学ビジネス」に対する批判が高まっています。こうした業者や製品を名指しで批判する、先鋭的な有識者らの活動が背景にあるようです。なにやら「怪しげなもの」は大昔からありました。温泉の世界でもしかりです。これまでのところ大した実害はなく、右から左へ受け流してしまえば済むレベル(それが「被害」にあたると気付かなかっただけかもしれませんが)のものがほとんどだったと思います。ところが最近になって、いくつかの温泉地 の方からある相談が寄せられ、よく調べてみると「これはちょっと」という深刻な事案に遭遇しました。それをきっかけに、温泉の世界に見られる擬似科学的な事例についてまとめてみることにしましたので、参考にしてください。

 【マイナスイオン】

テレビ番組「発掘!あるある大辞典」などでの放送が火付け役となり、2000年前後に一大ブームとなりました。 一時は大手家電メーカーがこぞってマイナスイオン製品を出しました。マイナスイオンを放出するエアコン、空気清浄機、掃除機、果てにはパソコンまで発売されました。 それだけに、みなさんにも広く一般的な言葉として馴染んでいるのではないでしょうか。

しかし2003年の景品表示法の改正以降、大手メーカーによるマイナスイオン製品は急速に姿を消していきました(現在、完全になくなったわけではないですが)。理由は、マイナスイオンとは何かの定義が明確でなく、イオン化学種もまったく不明であり、科学的に見て雲をつかむような話でありながら、実証されることのない効果効能だけが明確にうたわれていたからです。

マイナスイオンとは、一般的に「負の大気イオン」のことをさします。19世紀末から現在に至るまで「マイナスイオン」に取り組む研究者は少なからずいますが、マイナスイオンとは「何か」、そして「効果」については、未だ科学的な実証はなされていません。 2006年になり、それまでマイナスイオンの測定法が統一されず、データの信頼性にも疑義が多かったことから、「空気中のイオン密度測定方法」がJISにより制定されました。しかし、あくまでも測定方法が規格化されただけの話で、マイナスイオンそのものが 定義されたわけではないので注意が必要です。

 マイナスイオンは、大気中にその数が多いほど「健康によい」、「ストレス解消に効果がある」と効果効能がうたわれてきました。このことから、温泉の世界でも泉源や浴室内の湯面などで測定し、「マイナスイオンが多いほどよい温泉である」という主張がありました。これに対しての検証も行われ、第57回日本温泉科学会(2004年)では「マイナスイオンの測定により温泉を評価することは困難 。指標にはなりえない」(大河内ら)と報告されました。

マイナスイオンそのものが科学的に「何か」が不明である以上、その多寡をもって効果効能をうたう根拠にならないことは明白ですが、現在でも温泉宿を含め、マイナスイオンの効果効能をうたう宣伝はたくさん見受けられます。なかには、大気イオンとしてのマイナスイオンと、温泉水に含まれる陰イオンをごっちゃに捉えているものもあります。 マイナスイオンで「癒やし」「気分爽快」程度の宣伝であれば、感覚の問題として軽く受け流せるのですが(それでも根拠はないですが)、「温泉の良し悪し」や「効能」についての指針とはなりませんのでご注意ください。なお、東京都ではマイナスイオンの効果をうたう製品に対して注意を呼びかけています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。

科学的根拠をうたったネット広告にご注意 "「マイナスイオン商品」表示を科学的視点から検証しました...東京都・生活文化局

【クラスター】

これは1990年頃のことでしょうか、クラスターの小さい水は「美味しい」とか「表面張力が弱まり浸透性が高まるので肌によい」といったことが喧伝され、「クラスター」という言葉が今日の水ブームのまさに“呼び水”となりました。当時、水のクラスターを小さくするという、とても高価な浄水器、活水機が飛ぶように売れました。いまでも飲食店に行くと、冷水機などに「クラスターの小さい水」と書かれているものを見かけます。

また、クラスターの大きさと酒の熟成には関係があり、「長く寝かせたウイスキーはクラスターが小さくなるから、まろやかである」とか「クラスターの小さな水で水割りにするとまろやかになる」といった説も流行りました。

クラスターとは、水分子が水素結合によりぶどうの房のようにつながっている集団のことをいいます。その大きさは核磁気共鳴装置により「17O-NMR半値幅」を測定すれば分かるとされ、それが小さいほど「よい水だ」という説がマスコミに広く受け入れられ、 水ブームの端緒となりました。しかしほどなく、「17O-NMR半値幅をもってクラスターの大小を測るのは誤りである」といくつもの論文により否定されました。また、核磁気共鳴装置のメーカー側も「測定はできない」と注意を呼びかけました。クラスターは溶液構造のモデルに過ぎず、目下のところその大小を測る手法はありません。当然、効果効能も不明です。にもかかわらず、「クラスターの小さい水は良い」「効果がある」という説が信じられ、未だに多くの宣伝に使われています。

温泉の世界でも、「クラスターを小さくして肌への浸透性を高めた」という温泉化粧水の宣伝を見かけますが、それをもって効果をうたうことは公正取引委員会からの排除勧告を招きかねない事案 に該当するでしょう。このことは、活水機の分野でも似たようなことがいわれていて、これに対して東京都では業者への指導、ならびに消費者に対して注意を呼びかけています。詳しくは下記のリンクをご覧ください。

科学的根拠をうたった広告にご注意!〜「活水器」は水道水を変えるのか ...東京都・生活文化局

上記のほかにも、摩訶不思議なものはたくさんみかけます。以下は簡単に紹介します。

【活性水素】

「○○温泉はORPが低いので活性水素が豊富に含まれていて身体にいい」。 ORPが低ければ活性水素が含まれているわけではありません。活性水素は学問的に仮説の領域にあり、その測定法が確立されているわけでもありません。 また、活性水素は「原子状の水素」とされていますが、水の中ではその存在は極めて短時間であり、効果は期待できないという指摘もあります。いずれにしてもまだ研究途上の仮説であり、今後の解明が待たれている状態です。まして温泉に活性水素が含まれているかどうかは、 いまのところ誰にも分かりません。

【波動】

温泉めぐりをしているとごくたまに「波動測定器による温泉分析」というものを見かけます。ここでいう波動とは、高校の物理で習う「波動」とは別物であることに注意してください。結論から言って、「波動測定器」でわかる「波動」の理論、意味はまったく不明です。なぜなら、主張している当人たちでさえ、「科学を超えたものであり、何を測っているのかはよく分からない」と言っているからです。よって、波動による温泉分析は「温泉水を占いにかけてみたら、こんな結果が出ました」程度に捉えておくしかないでしょう。 微笑ましく見るしかなさそうです。

このほか、宣伝文句で注意して受け止めた方がいいのは「特許技術」とか「特許出願中」という文句です。「特許」は「科学的な裏づけ」、または「効果・効能」を保証するものではありません。また、よく調べてみると、宣伝対象とは別の意味合いで「特許」が取得されていて、 直接の関係がないのにそれを援用している事例も見られました。特許とは発明・開発者に対して独占的権利を与える根拠とはなりますが、消費者にとっては何の「お墨付き」にもならないことをよく理解してください。

温泉に関わる擬似科学について触れてみましたが、「その前に温泉そのものに付いている“適応症”自体、科学的な根拠がないだろう」 と指摘をされそうです。 確かにそうかもしれませんが、適応症についてはいま見直しが進められています。また、少しずつですが科学的、医学的裏づけのあるデータが、さまざまな研究者の手によって明らかにされつつあります。こうしたことは、基本的に「科学的に解明していく」というスタンスで行われています。これに対して疑似科学のほとんどの場合はそうではなく、解明すべきことより宗教的ともいえる思い込みが優先され、 宣伝に利用されています。

また、適応症の場合は 温泉分析書の中の定型的な情報の一つとして羅列されていて、それそのものにいわゆる販促効果は期待できませんが、擬似科学の商品宣伝では、それそのものが販促効果として威力を発揮します。適応症の歴史的な背景、文化的な背景と照らし合わせても 、情報に接する人の受け止め方や意味合いがまったく異なります。

現段階ではっきりとしたデータや裏づけもないのに、「効果がある」とアピールすることはたいへん軽率であり、 当事者に悪意がなかったとしても、詐欺に該当する事案になります。もし、こうした事例に遭遇したら情報は鵜呑みにせず、よく吟味をしてみてください。

 

日本温泉総合研究所